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自分の死を看取る

近藤和子

1999年6月に私の夫、近藤裕は、“「自分の死にそなえる」(春秋社 1994/10)を出版。

そして2010年9月に「自分の死を看取る」を絶筆として生涯を、自分の命を医者・医療任せにしない、ライフマネジメントな生き方提案をしつづけて生涯を終えました。

当時、米国の医療にサイコセラピストとして18年従事して帰国した彼は、日本の医療事情と、欧・北米諸国とのあまりの格差にカルチャーショックを受け、精力的にその情報革新に努めました。著作100冊に及んだ、その活動の主眼としたのは、主に下記の3点です。

① がん医療(90年代、日本はまだ告知の文化すらなかった)へのとりわけ“心のケア不足”への警鐘です。当時「恋をかたるように、ガンを語る時代が来る。」と、90年代にがんサバイバー構想の必要を説きつつ、がんのイメージ療法の日本紹介にも一翼をにないました。(実際、2010年をすぎて、日本も2人にひとりはガン死の時代を迎え、サバイバーシップの概念はすでに各地で取り組まれつつあります。)

② 自分の命を医療・医者任せにしない、主体的な“命”への向き合い方としての患者学、の延長として“自分の死に備える、死の準備教育も、彼の大切なライフワークでした。

③ さらに、医療と企業、さらに宗教も総合化した立ち位置から、社会の中に心のケアシステムの構築、臨床心理士(サイコセラピスト・職業としてのカウンセラーの育成)の活躍の場の拡大と充実にも鋭意努力を尽くした人生でした。

興味と関心のあるかたは、以下の代表的な著作を検索していただけたら幸いです。

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その近藤裕のライフワークのバトンを継承できるように、2015年から2025年問題は、まさに、“自分の死を看取る”という表題どうりの必要が迫っているのではないかと思い、私の看護の視点から捉え直し、団塊世代の仲間たちへの情報発信に取り組むことにしました。

2015年新年度も幕開けを期に、医療・介護・経済社会では、やにわに2025年問題が切実に取りざたされています。つまり、私たち団塊世代が迎える多死時代の対処法に職業として取り組まないとならない、あらゆる分野の若い世代があたふたしているようです。

職業社会をリタイアした私たちは、その仕組みづくりに参画できないまま、時代の波が今、押し寄せているのです。

これまで、“病院で死ぬ”ということが当たり前だった、その批判が話題と時流になり、病院では死ねなくなる社会はすでに進んでいます。団塊世代は否応なく、病院以外の在宅死を選択せざるおえなくなってきています。なのに、その事態をどれほど私たち仲間は理解しているでしょうか?

しかも、その在宅という意味が自宅というだけではなく自宅での家族に見守られるような、または、家族以上に手厚くケアしてもらえる、いろいろな施設というように、解釈は広がっています。

今の住まいでと希望することももちろんできます。そこではなく最期は故郷に移動してという希望も可能なのです。これまで罪意識で遠ざけてきた、介護施設(いまだに親を施設に入れてしまったと嘆く団塊世代も多いのです)で、グループホームでの手厚いケアの実際例も増えてきています。自分が選択した場所、地域でと場所の選定も広がっている実際を団塊世代はどのくらい知っているでしょうか?

私たちは戦争を知らない。戦争による大量死を知らない、平和の時代の申し子たちです。なので、戦争時代として死がいつも背中合わせに同居していた、今の高齢者世代とは違い、死が隠され、死を見ないで生きてきてしまった、最初の世代です。まさに病院死が在宅死を急カーブで上回っていく1880年代の生活者たちです。

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でも、企業戦士の家族たちであったことを忘れてもらっては困るのです。経済成長が国のため、人のためだと、“仕事だよ”という一言のもとには家族も時間も健康や命までも犠牲してきた仲間たちがいて、この国の高度経済成長が果たされてきたことを忘れてもらっては困るのです。

暮らしのほんとうの豊かさを表す情緒のことなど考える余裕もなく生きてきた団塊世代が、これから看とり(今後、MITORIと表記します。)を迎える世代になってきたのです。

そんな時代背景だったのです。誰のせいでもない。だから家族の死も、ましてや、自分の死をどう看とるのか?  ということなんか、考える機会もなかったのです。

なのに、いきなり、団塊世代は数が多いから、リビング・ウィル(自分の終末期医療に対する希望の遺言)を考えろという乱暴なことはしてほしくない。もっと丁寧に、私たち団塊世代の誰もがわかるように、職業関係者だけではなく、生活者にもわかるように、わかる方法で、なぜ、何を、どのようにしたら良いのか、情報を届けてほしい。

充分な情報を手にして、見たり、聞いたりして、その上で、自分なりのリビング・ウィルなり、MITORIへの思いを整理したい。そして、決心したい。そして静かに、行動したいと思います。

これまで、企業戦士とその家族であった私たちは、今は職業もリタイア組みが大勢だけれど、私たちは情報化の波の申し子でもあったはず。

見ざる、言わざる、聞かざるで、盲目的に忍従し、戦争に巻き込まれてきた世代とは違い、自分の目と、耳と意識で、確認して、自らの生き方を選択することができた最初の世代でもあります。だから、戦車は知らないけど、情報が武器になることは知っている新しい世代です。

今、人々が恐れている私たちのMITORI=2025年問題も、私たちは私たちらしく、今、どこで、何が起こっているのか、だから、私たちはどうすればいいのかを、自分自身の問題として考え、取り組んでみませんか?

まさに今、”自分の死を看取る”ことの必要が、これからの10年間、2025年問題として、私たちに提示されているということを、私たち団塊世代の仲間たちどうしで、静かに、熱心に、語りあい、ひとつ、ひとつ決心し、ひとりひとりが行動してみる、そんな10年でありたいと思います。

自分自身のためであることも、さることながら、何より、私たち自身がどうあること、どうすることが、大切な家族や、これまでに出会った大切な友人や仲間たちを大切にすることができるのかを考えてみたいと思います。

さらに、できることなら、遺された人々によって、可能な限り、次世代を担う日本の子どもたちに語り継がれる、命の輝きとしてのエピソードを遺せるようにこれからの10年を、大切に団塊世代らしい語りあいの場を備えていきたい。

《MITORI・カフェ》私たち団塊世代による、団塊世代のための、私たちひとりひとりが優しくする、される、語り合いの場で情報を吟味できる場になるようにと願いながらMITORI・カフェの運営(情報サーキュレーション)そしてファシリテーターを務めてみたいと思います。   

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