2015年5月17日(日)は日本アンチエイジング歯科学会10周年記念学術大会が東京国際フォーラムで開催されました。そのプログラムのひとつ、会長企画講演で「患者・家族を癒す接遇の基本」というテーマで講話させていただきました。その時の講話のパワーポイント資料を添付しますので、どうぞお目通しください。
2010年に東大の接遇向上センターの仕事をセンター長の大内尉義老年病科教授のもとで成し遂げさせていただいた後は、まさに“書を捨て街に出る”形容がぴったりの日々でした。2015年春までに、病院、医院、いろいろな介護施設で巡回講義を果たすこと87箇所をめぐり、まだまだ続きます。ご要望に応じて、施設職員の方々の職種や年代層にあわせて語り合い、交流する中で、私は2つのことに気づきました。
ひとつは、“接遇”という言葉と内容に関して、人々のイメージがバラバラなこと。接遇は サービスやホスピタリティと訳されることが多いのですが、そこに、人それぞれのイメージが異なり、大抵の現場で共通認識が育っていないのです。
ふたつ目は、新人職員の離職、退職の多い実際に触れて驚いたこと。それも、優しい人(=コーチングのコミニュケーションスタイルによる分類でいうとサポータータイプの人)ほど、良く辞めるという実際です。
ひとつ目は、いわゆるホテル・飲食等のサービス業とは違う、医療に特化した“接遇”という意味“医療接遇”の定義付が必要とされていると思います。医療職の間で、共通認識が育てば職員どうしの見解の違いで、揉めることも少なくなるのでは?
ふたつ目は、サポータータイプの人々の離職理由が、うまく解説されずに対応策がとられていないこと。とかく、医療介護職は頑張り屋さんが多く、熱意と救世主的働き方をものともせずに乗り越えてきたリーダーさんか、経営発想で何でも合理的に対処しようとコントロールしてくるリーダーのもとで、それについていけない普通のサポーターさんが多いのです。
多くのサポーターさんたちは、ワークライフバランスを取りながら、普通に定時に、または少なく働いて、私生活を重視したいのです。また、大学や専門学校で教わっただけで、現場での様々なリアリティ・ショックに耐えかねて、そこで、踏ん張ることなく、辞めることで解決してしまうのです。
そんな実情を、人材派遣会社ジョアンテ代表の川崎貴子氏は“9割女性のマネジメント法”として解説しています。とても共感できる内容で、参考になります。
9割女性のマネジメントについては別の機会にお話することにして、今回の講話(レジュメパワポ)は、医療における接遇の定義の提案に重点を置きました。共感していただけたら有難いです。
講話の締めで、座長から「私たちは長い患者さんとのお付き合いの中で、ふとお子さんやご家族を亡くされたり、ご本人が重大な病気になられたりしたことを話されて、その時にどんな言葉や態度をとったら良いか戸惑うことが多い。どのような勉強をしたらいいでしょう。」という質問でした。実はこの質問は専門学校の学生さんたちからも良くうける質問なのです。
私のこたえは
1 その重大なことを話された(ふと洩らされる)ということは、これまでの信頼関係が育っているということ。私たちの日頃の接遇(笑顔+挨拶+身だしなみ+言葉と態度+気づきと配慮)の効果の表れと受け止めて、咄嗟にまず、「お話してくださってありがとうございます。」と受け止めます。言葉として言うかどうかはTPOに任せますが、少なくとも、表情や態度には、「お話してくださってありがとう」が現れるようにします。
2 が、新人の時は慌てるだけ、うまくいかなくてもいいのです。が、年数を重ねて驚きを共に分かち合いますよ。聞かせてください。何もできないけど、お話を聞くことはできますよという職業姿勢を学び、自分の中で育てていく必要があります。解決しようとか何か万能薬のような“決め言葉”を言おうとか思わないことです。(実際、そのような万能言葉はないのです。TPOと人それぞれなので、私にも数しれず失敗例があります。講義の時はその失敗談をお話するようにしています。)
3 その学習に、私がすすめているのが、“手話”と“聞くスキル”です。
手話をマスターしなければならないというのでなく(人にはそれぞれ得手不得手がありますから)医療人の心得として“お稽古”してみてください。手話は相手の顔を見て、姿勢良く、身振り手振りで、感情まで伝えられる素晴らしいコミニュケーションスキルだということに気づき、真似して欲しいのです。慣れてくると自然と悲しい、嬉しい労う時の表情や態度が身についてくる気がします。
手話も聞くスキルも、すぐには身につかないものですが、それこそ、医療職の心得として、日々研鑽する目標にしていただけたらと思います。さらに、人に優しく、癒し効果のあるマザーリング聞くスキル10の法則も添付しておきますので参考になさってください。(添付)
要は、私たち医療職(特にケア職)は、結果的に“病気による喪失と悲嘆”の感情に寄り添うということが仕事です。だからこそ、私たちの仕事は頼られるのです。素晴らしいのです。しつこいですが、だからこそ日頃の“接遇”が大事なのです。
哀しみに対して、逃げないで、寄り添ってくれる人がいる。というだけでどれほど人は慰められるかという原理原則を覚えて、引き受ける。その覚悟を育てることしか学習法はないように思います。逆にいうと、何もしなくていい。逃げないで、そばにいる。聞くだけでいい。それを心身で会得した時《いつも、そこに在る存在》になれると私たちもほんとうに楽になれます。
そう、「私はここにいますよ」、「いつでも声掛けしてください」と名乗り出るだけでいいのです。私たちケア職は仕事をしている限り、そう名乗って良いという特権が与えられていると思いましょう。
その学習は活字や、バーチャルであらかじめ経験するとかが通用しないものです。どうしても生身で体験を積み上げていくことでしか身につかないことなのです。だから仕事は辞めないで欲しいのです。事例に出会うことが仕事です。だから新人(特にサポータータイプ)が辞めなくてもいいよう職業サポーターが就いて欲しいのです。
職業人としての《リアリティ・ショックを乗り越えるためのグループカウンセリング》等の態勢が職場の中に取り入れられて欲しい。欧米諸国のように根付いて欲しいと願います。そんな制度が育つためにも、私たち自らが、カウンセリングや師匠(メンターやスーパーバイザー)を求めて、求めて、利用・活用していく必要があるのです。そう、私たち自身がケアをうける関係性を育てていかなくてはね。私たちも優しいケアを受けてもいいのです。《ケアする人をケアする関係性》を求め続けていきましょう。
【参考資料&キーワード解説紹介】
1 総合病院 国保旭中央病院のご紹介
(〒289-2511 千葉県旭市イの1326番地http://www.hospital.asahi.chiba.jp/)
国保旭中央病院は地域に密着し、予防医療からリハビリテーションまで包括的な医療を実施している病院です。多職種連携による消化器外科周術期における口腔のケアシステム構築のためのプロトコールを作成し効果を測定、学会での発表等学術活動を行っています。
2 グリーフケア
愛する家族や親しい人を喪失した後体験する複雑な情緒的状態を「グリーフ(悲嘆)」と呼んでいます。
(上智大学グリーフケア研究所HPよりhttp://www.sophia.ac.jp/jpn/otherprograms/griefcare)
グリーフには一定のプロセス(①恐怖→②怒り・嘆き・憂鬱→③受容→④希望・新しい行動)があり、それは悲嘆を乗り越えるための正常な過程です。
グリーフケアとは、悲嘆から健全に回復していく過程において必要な、「哀しみに寄り添う配慮」です。特にターミナルにおいては、辛く複雑なグリーフ状態になり、時には強い後悔の気持ちを残してしまう場合もあります。が、「家族としてターミナル期のケアに参加できた」と思えるような配慮を受けたり、悲嘆の日々に、見守り、寄り添う、情緒的配慮を受けられると、その後の健全な回復(グッドグリーフ)に良い効果をもたらします。
(参考)一般社団法人グリーフケアパートナー http://www.griefcare.or.jp/
3 エモーショナル・サポート(ドゥーラ効果:ドゥーラ効果をもたらす人がマザーリング・ザ・マザー)小林登(こばやし・のぼる)
(社)ドゥーラ協会・特別顧問/東京大学名誉教授/国立小児病院名誉院長/ベネッセ次世代育成研究所所長/チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)所長/日本子ども学会理事長
小林登先生は1977年マザーリングに関する論文発表後、一貫して産科・小児科医療における”エモーショナル・サポート”の必要性を説いてこられました。その主張のキィポイントを(社)ドゥーラ協会の挨拶文(2013年)から引用します。
『昔は地域の女性が助け合ってお産をしていました。現代は医療が発達したため、病院出産が増え、いろんな薬もたくさん使うようになりました。その結果、最も大切な「エモーショナル・サポート」が消えてしまったのです。本来は「だいじょうぶ」とあたたかく声をかけ腰をなでるだけで、薬を使わなくてもオ キシトシンの分泌が増加し、アドレナリンの分泌が低下して、お産が軽くなります。昔はそういった方法が、経験を通して伝えられていました。また、進化心理学の視点からみると、人間は生き残るために情動が発達したと考えられます。人間は多くの動物に比べると小型で牙もありませんが、優しさによって家庭や社会をつくり、集団生活をすることでも生き残ることが出来たのです。ところが今は科学技術のおかげで豊かになり、優しい心を使わなくても 生きられるようになりました。そして、個人主義が行き過ぎる冷たい世の中になってしまったのではないでしょうか。その延長線上に、現代の出産・子育ての問題もあると思います。これからの日本は、科学技術による豊かさの中にも、優しさ(エモーショナル・サポート)を取り戻す必要があります。』
(参考)一般社団法人ドゥーラ協会 http://www.doulajapan.com/
4 レジリエンス(resilience)(枝廣淳子著 東洋経済新報社より下記引用紹介。)
『再生。外からストレスを与えられたときに、歪みを跳ね返して心理的平衡を保つ力のことであり、日本語でいえば復元力・回復力・耐久力・昇華・発展力のような概念で、しなやかな強さと訳します。強い風にも重い雪にもポキッと折れることなく、しなってまた元の姿に戻る竹のように“何かあってもまた立ち直れる力“のことです。』